2012年2月27日

秩序ある建築的散策路/ラ・ロッシュ邸(フランス)

 『ラ・ロッシュ邸』(1925)のあるパリ16区は、市内で屈指の高級住宅街区です。ここではル・コルビュジエ(1887~1965)が標榜していた「建築的散策路」が明快に実現されています。L字型平面の入隅部にエントランスがあります。3層吹抜けのホールには階段とブリッジが廻り、ギャラリーの曲面壁に沿っては優雅なスロープがあり、これらの自由な設えの発現に当時の人達が一様に目を奪われたことが想像できます。
 ※ 吹抜け通路にオブジェのように置かれた寝椅子「シェーズ・ロング」は、ラ・ロッシュ邸のためにC.ペリアン(1903~1999)女史が制作したものです。

2012年2月20日

建築が自由、光りが自由/サヴォア邸(フランス)

 パリ郊外にある『サヴォア邸』(1931)は、ル・コルビュジエ(1887~1965)詣でで毎日、訪れる建築ファンが絶えません。ここでコルビュジエは、白いキュービックなヴォリュームを中空に浮かせて、当時の建築の常識から抜け出てみせています。住宅内部に入り、主要導線であるスロープを進むと、内部空間と外部のそれが混ざり合って、それぞれの区別がつかなくなります。各部の空間構成が”自由さ”を実現しているからなのでしょう。コルビュジエが住宅に対して思い描いていた”こうあるべき生活”がここにはあるように思われました。

2012年2月13日

観光で賑う街に/カステルヴェッキオ美術館(イタリア)

 イタリアの文化として定着していることに、古い建物を改修したうえで、新しい生命を与えるということがあります。C.スカルパ(1906~1978)は生涯を通し、一部を除いた主要な作品は、改修と展示計画に全力を傾け、高い評価を受けた稀な建築家です。ロミオとジュリエットで知られるヴェローナ市にある『カステルヴェッキオ美術館』(1964)は、14世紀の城塞からの転用です。スカルパによって古い石や煉瓦と新しい鉄とコンクリート等に精緻なディテールが加えられ、違和感なく穏やかに溶け合っています。それぞれの時代を超えて、新しい豊かな表情が作られていました。

2012年2月6日

研ぎ澄まされた明確なヴォリューム/ルツェルン文化会議センター(スイス)

 これは凄い!息をのむような最大35mもの迫力で張り出したカンティレバーがスイス、ルツェルン湖に突き刺さらんばかりです。ここは鬼才J.ヌーベル(1945~)設計の『ルツェルン文化会議センター』(2006)。一枚の大庇の下にはオーディトリアム、会議場、美術館、そして憩いの広場までが納まっています。平面図を見るとわかりますが、建物は大きく三分割されています。このうちの中央部には湖水を引き込んだインテリア水路が設けてあり、かつてここが造船所だった歴史を引用しているのもニクイ。最上階のオープンエアの展望テラスでは、ここでしか体験できない開放感を味わうことができます。

 J.ヌーベルの作品をもうひとつ、パリの歴史的街区セーヌ川沿いに建つ『ケ・ブランリ美術館』(2006)です。夜、閉館間際の訪問となってしまい、建物も展示品も見られず写真もこのとおり・・・・。大変興味を持っていただけに残念。出直します。

2012年1月30日

高崎にモダニズムの真髄が/群馬音楽センターと旧井上邸(群馬県)

 群馬、高崎市に建つ『群馬音楽センター』(1961)は、鉄筋コンクリートによる大空間実現のため、折版構造が採用されています。深い陰影を湛えて、完成からまもなく50年、荒々しいながらもなぜかコンクリート打放し面が、ここでは表情がやさしいのです。空間が年齢を越えて生き生きとしていました。設計者のA.レーモンド(1888~1976)は、チェコで生まれたアメリカ人です。戦前と、戦後再来日して日本の建築界に大きな足跡をのこしています。同時に彼に関しては、先の大戦が生んだ、簡単に語ることのできない評価もありますが‥‥。

 もう一つ、JR高崎駅からほど近いところに旧井上邸(高崎哲学堂)があります。ゼネコン井上工業社長・井上房一郎の住居です。麻布にあったレーモンド邸に惚れこんだ井上が、許可をもらってそっくりコピーしたものなのです。経済性が考慮されたのでしょうか、丸太と合板が多用された、一見質素な造りになっています。本当の豊かさとは何かを考えさせられた作品です。

2012年1月23日

形態は機能のみに従ってはいない/シュテーデルホーフェン駅(スイス)

 スイス、チューリッヒにある『シュテーデルホーフェン駅』(1990)。設計者S.カラトラヴァ(1951~)にとって必然性があるのでしょう、まるで恐竜の骨格のような形態です。加えて構造の合理性も良く表れているようにも見えます。駅は大きな弧を描いて、同一レベルで街へ開放されています。プラットフォームは街路といったところでしょうか。改札もありません。スティールとガラスの組み合わせで明るく、巧みに仕上がっています。

 「ルツェルン文化会議センター」と敷地を接して『ルツェルン駅(増築)』(1989)はあります。S.カラトラヴァ(1951~)は、ここでも鉄骨や前面のコンクリート柱などに有機的な形を与え構造体をはっきり見せたうえで、ダイナミックな外観と明るい大空間を構成していました。

2011年12月23日

フランスでもフィン人/ルイ・カレ邸(フランス)

 フィンランドの巨匠A.アアルト(1898~1976)の建築に、フランスで会えることの幸せを感じて銅格子の門を通過、登り坂の道を進むと、『ルイ・カレ邸』(1959)が片流れの大屋根を纏った白い側面を見せて、のびやかで上品な姿をあらわします。周囲に広がる芝生と、繊細で有機的と称される仕上材の使い分けがされているあたりが、アアルトの自家薬籠中のものになっています。内部の入り口ホール空間の2つのくびれを持ってカーブした天井などは、お酒が大好きだったアアルトの”ふるえハンド”スケッチのトレース跡なのでしょうか。画商であるクライアントの理解にも恵まれたといわれる、幸せな作品です。

※ 今年のブログはこれをもって終わらせていただきます。皆様には来年が明るい年になりますように祈りあげます。
私は、このあと「正月や よき旅をして 海を見る」(碧 悟桐)・・・ことになります