2012年11月25日

リズム感と均整/ラ・ロトンダ(イタリア)

 旅好きな人たちの間で、つとに人気になっている世界遺産のヴィラに『ラ・ロトンダ』(1566)があります。A.パラーディオ(1508~1580)の設計で、彼が遺した最高の作品といわれています。時代はルネサンス後期、パラーディオはヨーロッパの建築界に最も大きな影響力をもった建築家でした。ここ北イタリアのヴィチェンツァ市は、ブルジョア達の別荘地として好まれている場所です。さて、しばらく坂道を歩き、門を潜っても更に緩い勾配のアプローチを経て対面となります。正方形平面に、四面同一の立面、その上には、ドーム屋根がチョコンと載ります。主階が2階であることも面白い。厳格な対称性と整数比によって、求心性が強調されています。歴史的建造物に造詣の深い所有者がいたことも、このヴィラにとって幸せでした。


ライト式建築の傑作は、本家譲り/旧甲子園ホテル(兵庫県)

 F.L.ライトの片腕として、彼からもっとも信頼されていた愛弟子遠藤新(1889~1951)の、独立後の代表作が『旧甲子園ホテル』です。この「ライト式」ホテルは、各所に施された過剰なほどのデザインが目をひきます。ライトが好んだ和のテイストがあふれています。ランドスケープを含めて完成度が高く、当時利用した各界の要人達に高く評価されたのも頷けます。甲子園という閑静な高級住宅地にあって、現在は武庫川女子大学建築学科の学舎として活かされていました。学生諸君には、ここからよく学んでほしいものです。  



 オランダ『ヒルフェルスム市庁舎』(1931)をみてください。これも”ライト式”を下敷きにした建築ですよね。それとも”アムステルダム派”のものだと言い切れるのでしょうか。

奔放な家元と、しっかり者の番頭の「魂」/旧山邑邸(兵庫県)

 『山邑邸』(1924)が建つ芦屋市山手は、高級住宅地の代名詞。依頼を受けたF.L.ライト(1867~1959)は現地を見て、海を見下ろす崖地をおおいに気に入り敷地に選んだといわれています。ところがライトは、愛弟子で大番頭の遠藤新(1889~1951)に実施設計を託して帰国してしまいました。しかし結果はさすが、大番頭です。敷地の形状を生かして、水平線を強調したうえでセットバックを重ねた空間を完成させました。それは「蘇ったライトがここに横たわる」というほどの出来栄えです。あらためて、遠藤新は「ライト式」の壺を心得ていて、彼の「ライト命」ぶりがこの仕事を見てよくわかります。

2012年11月19日

大丈夫。憎悪の対象にはしませんから/福州園(沖縄県)

 那覇市を訪れて、時間に余裕ができました。街なかに『福州園』(1992)という、本格的な中国式庭園があると聞いて、イザ! 名前と住所の記帳をして入園です。しかし小生、中国式庭園には、さっぱり通じていません。入手した資料に頼るのですが、園内の建物は福州を象徴する風景を模したものであるとか。住宅街のなかにあって、さほど広くはない敷地を巧く使っています。人工の高低差を利用した滝や池、植林、さらに園を一望する展望台まであり見応えがあります。次に来た時には、ゆっくり巡ってこの庭園を堪能したいと思ったのでした。

 ※  このところ日本と中国の間に、残念なニュースが多すぎます。中国の政治リーダーも代わります。日中両国の平和を祈るばかりです。

2012年11月12日

沖縄に花笠が踊る 屋根/沖縄」コンベンションC.他(沖縄県)

 隣接する宜野湾市のトロピカルビーチと一体になったかのような賑わいを見せていたのは『沖縄コンベンションセンター』(1987)です。設計者の大谷幸夫(1924~)はここを、「大戦による激戦地沖縄に鎮魂の碑を建てる」という思いを込めて設計したことは知っていました。しかし実際に現地に足を運んでみて、外観からそのような重い思いは読み取れませんでした。私の感性が鈍いからなのでしょう。また、特徴である重なり合った屋根は、構造的に合理性があるのか、これにも現在まで答えを出すことができないままでいます。 

 浦添市に残る、重要無形文化財の「組踊」を育成、発展させるための施設として、『国立劇場おきなわ』(2003)は建設されました。設計は高松伸(1948~)。外壁を形成するPCパネルで、沖縄的なるものを、緻密なディテールでそれを違和感なく表現しています。しかし、引き換えに失われたかもしれない、彼の往年の”勢い”を、懐かしく思えたりもしたのでした。